当会は創立70周年を迎えた横浜市立大学山岳部のOB、OGによる親睦団体です。

山の映画館movie theatre

2022年

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『人生クライマー 山野井泰史と垂直の世界 完全版』武石浩明監督(2022年/日本)109分

 日本が世界に誇るクライマー、アジア人初のピオレドール(登山界のアカデミー賞)生涯功労賞受賞者(2021年)である、山野井泰史の半生を追ったドキュメンタリーです。
 山野井のクライミング人生最大の課題だったマカルー西壁のソロクライミング(山野井30歳時)の秘蔵映像と、本映画の撮影当時(2021年)56歳だった山野井の南伊豆やイタリアでの未踏岩壁へのチャレンジを交互に織り込みながら、生涯のパートナーである山野井妙子(旧姓長尾)さん等からのコメントをまじえて構成された作品でした。

 山野井泰史のすばらしさについては、当サイトや管理人ブログで散々書いてきたので、今回は山野井夫人の妙子さんに焦点を当ててみたいと思います。
 女性ヒマラヤニストとしては世界屈指の実力と実績を誇り、チョ・オユー南西壁(スイス・ポーランドルート)第2登、マカルー無酸素登頂、 ガッシャーブルムU峰無酸素登頂、ブロードピーク無酸素登頂等、数々の輝かしい登攀歴を誇る妙子氏。
 その代償として、両手指10本はほぼ付け根から切断されており、足指8本も切断。凍傷で失った鼻の先端は人口鼻です。

 1991年のマカルー遠征でベルニナ山岳会の石坂工氏と無酸素登頂成功後、下山中の悪天候につかまった妙子氏は8100m地点での二晩のビバークを強いられます。
 妙子氏は前述のように重度の凍傷を負ったものの何とか生還。しかし、共に登頂・ビバークした石坂工氏は凍死して還らぬ人となってしまいました。
 そんな石坂氏のお墓を毎年参っているという妙子氏。私も1990年の天山山脈トムール峰登山隊で同じような経験をしているだけに、妙子さんの心情は理解できるつもりです。

 そんな妙子氏、夫泰史氏のマカルー西壁チャレンジの際のインタビューでは以下のような発言をしています。
Q:泰史さんが登攀に失敗してザイルにぶら下がった状態になったらどうしますか?
A:私が遭難現場まで登って助けに行く。

 マカルー西壁挑戦を事実上断念したものの、空身での再登(偵察目的)を主張した泰史氏無線で説得して下山させたのも妙子氏でした。

 この夫にしてこの妻あり。ソロクライマー山野井泰史の半生を描いたドキュメンタリー映画は、この上なく美しく純度の高い、夫婦の物語でもあったように思います。
                                            (2022年11月)


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『クンバカルナの壁』エリザ・クバルスカ監督(2020年/ポーランド)94分

 インドの叙事詩「ラーマーヤナ」に登場する鬼神クンバカルナに因んで名付けられたネパール東部の同山、一般にはジャヌー(7710m)の名称で知られています。
 山麓のシェルパ族の間では、神の山として信仰と畏れの対象となっているクンバカルナを巡って、エベレスト(8848m)に9回登頂した他、カンチェンジュンガ(8586m)、ヤルンカン(8505m)、チョ・オユー(8188m)、アマ・ダブラム(6,856m)にもそれぞれ複数回登頂経験のある、シェルパ族登山ガイドのテンジン一家に焦点を当てたドキュメンタリー映画です。
 日本では高所クライマーとして竹内洋岳(8千m峰全14座完登者)に比肩し得るくらい実績のあるテンジンが、妻からは「しがない登山ガイド」とダメ亭主、甲斐性なし扱いされているのは衝撃的でした。
 さらに、高校生の息子ダワを自らと同様、「登山ガイドにするしかない。それ以外、どうやって稼ぐ?」と問いかけるテンジンに、「(ダワが希望している)医者になればあの子は多くの困った人の命を助ける。登山ガイドになれば自らの命が危ない」と論破するシェルパ妻。
 20代後半までの私も同様に感じていましたが、ヨーロッパや日本ではスポーツの枠を超え、ロマンチシズム、ヒロイズムの対象になっているヒマラヤの高所登山。しかし、その酔狂な行為をガイドやポーターとして支える多くのシェルパ族にとっては、「他に現金収入の選択肢がないので仕方なくやっている、命がけの危険な仕事」に過ぎないということを突きつけられたシーンでした。
 
 映画後半では、未踏のクンバカルナ東壁にアルパインスタイルで挑むロシア人2名(セルゲイ・ニロフ、ドミトリー・ゴロフチェンコ)+ポーランド人1名の登攀隊と、息子の学費捻出のためにガイド兼高所ポーターとして彼らに同行するテンジン一家を対比しながら描いていて、たいへん興味深かった。
 登山界のバロンドールと称されるピオレドール賞を2度受賞するようなクライマーは、頭のネジがどこかぶっ飛んでいて、危険についての許容値が一般のクライマーより遙かに高いのですね。強風や吹雪の中でも躊躇せず東壁に突っ込んでいくロシア人の姿には、戦慄を覚えました。
 そんな彼らでさえ容赦なく跳ね返す鬼神クンバカルナの厳しさを目の当たりにして、ヒマラヤの高所登山とは所詮、先進国クライマーと地元のシェルパ族等の経済格差によって成立し、時にシェルパたちの命を奪ったり危険に晒してしまうエゴイスティックな遊びに過ぎないのではないかという、若かりし頃の葛藤(※)を久しぶりに思い起こした次第です。

※私はネパールや天山山脈で6度の高所登山を経験していますが、地元の登山ガイドや高所ポーターにベースキャンプより上部へ同行して貰ったのは、1度目のネパール遠征のみでした。
                                              (2022年6月)

2019年

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『フリーソロ』エリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ監督(2018年/アメリカ)100分

 アメリカ人クライマー、アレックス・オノルドが標高差約1000メートルの垂壁ルートに"フリーソロ"で挑む様を記録した山岳ドキュメンタリーです。
 フリ−ソロとは、ロープや確保器具等の安全装置を使用せず、身体ひとつで岩壁を登攀する究極のクライミングのこと。
 失敗=滑落は即、死に直結するという、スポーツの範疇には収まらない危険度の高い分野です。
 私も二十代後半くらいまでは、"危険"と称されるアルパインスタイルによるヒマラヤ登山を行ってきましたが、何人かでパーティを組み、氷壁等の危険箇所ではロープで安全を確保しながら行動していました。
 フリーソロはヒマラヤ等での高所登山とは比較にならない死亡率の高い行為。劇中でも紹介されていますが、フリーソロを実践してきた名だたるクライマーの殆どは、登攀中に滑落死して還らぬ人となっています。
 映画で興味深かったのは、そんな酔狂なジャンルの第一人者であるアレックスの脳を医学的に調べるくだり。
 検査の結果、人間が恐怖感を認識する部位である脳の扁桃体が、一般のクライマーと比べて機能していないことが判明したそうです。
 しかし、クライマーの聖地、カリフォルニア"エル・キャピタン"のフリーソロ化にチャレンジする際の彼の準備やトレーニングは、臆病とも感じられるほど、慎重極まりないものでした。
 月並みな物言いですが、大胆かつ細心、双方の要素を高い次元で持ち合わせていないと、フリーソロという分野に足を踏み入れる資格はないのだと強く感じた次第です。
                                              (2019年9月)

2017年

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『MERU/メルー』ジミー・チン監督(2015年/アメリカ)90分

 インドヒマラヤ・ガンゴトリ山群に聳えるメルー。中央峰はその山容から"シャークスフィン"と呼ばれ、多くのクライマーの挑戦を退けてきた難攻不落の絶壁です。
 そんな難峰に挑んだコンラッド・アンカー、ジミー・チン、レナン・オズタークの3年間を、山岳写真家でもあるジミー・チン自身が撮影したドキュメントリー映画。
 今まで多くの山岳映画を鑑賞し、当サイト等でそれらの紹介をしてきましたが、本作『MERU/メルー』は文句なしのナンバーワンだと思いました。
 クライミング当事者による登攀シーンの撮影は、余計な誇張やこの手の映画にありがちなヒロイズムの煽り立てがなく、ひたすら写実的。その一方で、雪崩、落石等の映像はCGと見紛うほどのど迫力です。
 また、3名のクライマーそれぞれにある壮絶なサイドストーリーが、命懸けのメルー挑戦へと向かわざるを得ない男たちの人間ドラマを浮き彫りにしている。
 登山に興味のある方はもちろん、そうでない方にもお勧めしたい傑作です。
                                              (2017年6月)


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『ヒマラヤ〜地上8,000メートルの絆〜』イ・ソクフン監督(2015年/韓国)124分

 高所登山をしていた1990年8月11日、中国新疆ウイグル自治区天山山脈トムール峰(7435m)で3人の仲間を失いました。
 現場の状況から、標高5,800mのキャンプに滞在していた3人をブロック雪崩が襲ったものと思われます。
 その後、”弔い合戦”と称して、1992年、1994年とトムール峰に向かいましたが、3人を見つけることも登頂を果たすこともできませんでした。
 遭難から30年近く経って記憶力の怪しくなった50代に突入した今も、その時の事は鮮明に脳裏に焼き付いているし、3人をトムール峰に置いてきてしまったことは、大きな悔恨となったままです。
 表題の韓国映画を観て、8,000m14座に登頂した実在のヒマラヤニスト、オム・ホンギルが、エベレストの標高8,750m付近で遭難死した後輩登山家の遺体を捜索するための遠征を行っていたことを知りました。
 酸素濃度は平地の三分の一、自身が生きて還ることも困難な超高所において、氷付けになった遺体を回収し、弔おうとした仲間への強い想いに対して、大きな衝撃を受けたと共に、山男の端くれとして嫉妬心のような感情を覚えたことを告白します。
 自らを省みて、オム・ホンギルや彼の登山仲間たちのように、仕事や生活を投げ打ち、トレーニングで身体を作り直して、再びトムール峰へ挑む気概や決意を持つことができるだろうかと。
                                              (2017年4月)

2016年

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『エヴェレスト 神々の山嶺』平山秀幸監督(2016年/東宝/アスミック・エース)122分

 夢枕獏の原作小説は、かなり前に読んだ記憶があったのですが、映画が始まってすぐにストーリーをほとんど覚えていないことに気づきました。
 山岳小説や山岳映画に対してはすれっからしな見方をしてしまいがちな私ですが、新鮮な気持ちで作品と向き合えたのは良かったと思います。
 1924年にエヴェレスト(8848m)で遭難したマロリーとアーヴィンの遺したカメラの謎を追う山岳写真家の深町(岡田准一)は、カトマンズの喧噪の中で、7年前にネパールに渡ったまま失踪したとされる孤高の登山家、羽生丈二(阿部寛)に遭遇する。
 エヴェレスト南西壁冬期無酸素単独登攀という、羽生の野心的な計画を知った深町は、彼の単独行にカメラマンとして同行し...。
 といった感じのストーリーでした。
 実在した登山家、森田勝をモデルにしたであろう羽生の登山観や不器用すぎる生き様は、演じる阿部寛の濃い風貌やマッチョな体型と相まって、時代がかった少々重いものに感じました。現代のヒマラヤニストやアルパインクライマーは、もう少し軽やかに山と向き合っているように思います。
 主演の岡田准一君、物語冒頭では売れないカメラマンのやさぐれ感がうまく醸し出されていて良かった。本作のロケで山に興味を持ったらしく、「ネパールヒマラヤのメラ・ピーク(6654m)に登りたい」と発言しているそうです。
 メラ・ピークは私も学生時代に登りましたが、登山許可が取りやすく、技術的にもさほど難しくない、ヒマラヤ入門としては最適な山ですよ。ただ、劇中のように雪原をアンザイレンしないで歩いていると、ルート上無数に隠れているクレバスに転落する危険性があるので、くれぐれもご用心のほどを。
                                              (2016年3月)

2015年

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『エベレスト 3D』バルタザール・コルマウクル監督(2015年/アメリカ)121分

 1996年にエベレスト公募隊で起こった、大量遭難を題材にした山岳映画。
 キャラバンの起点ルクラから、ナムチェ・バザール、タンボチェを経てベースキャンプに至るエベレスト街道の3D映像は迫力満点で、25年ほど前にここを通った時の記憶が鮮明に蘇りました。
 本作では、肝心の救助活動時に体調不良で動けいないヘタレな登場人物として描かれている、ノンフィクション作家のジョン・クラカワー。以前、彼の公募隊同行ルポ『空へ―エヴェレストの悲劇はなぜ起きたか』を読んでいたせいか、ひげ面の西洋人山男たちが吹雪の中でばたばたと倒れていく、一見しただけではわかりにくいであろう群像劇も、整理して理解することができたと思います。
 映画を観る限り、日本人女性1人を含む8名の遭難死を招いた原因は、商業登山隊を率いていた2人の隊長、ロブ・ホールとスコット・フィッシャーの初歩的なミスだと感じました。
 ロブ・ホールは事前に決めていた時間に全顧客を下山させるべきだったし、スコット・フィッシャーに至っては、BCでの不摂生など自らの体調管理もできず、それが引き金となって力尽きてしまうというお粗末さ。
 難波康子さんはじめ、実名の登場人物として描かれている遭難者のご家族等、関係者の心情はいかばかりだったでしょうか。
                                             (2015年12月)

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『K2〜初登頂の真実〜』ロバート・ドーンヘルム監督(2012年/イタリア)120分

 1954年のイタリア隊による、K2初登頂の裏に隠されたドロドロの人間模様を描いた山岳ドラマです。
 登頂メンバーのサポートに徹しながら、「荷揚げ中に山頂アタック用の酸素を吸った」という汚名を長年着せられていたヴァルテル・ボナッティの、名誉回復のための映画といったところでしょうか。
 組織内における嫉妬や足の引っ張り合いはどの世界にもあるのでしょうが、それが凍傷や死の危険に直結する8千メートル超の高所で行われたとなると、殺人未遂等の犯罪行為ではないかと思います。
 登攀や雪崩による滑落シーンは迫力や臨場感に欠け、K2が舞台の作品としては映像的に物足りなさを感じました。
                              (2015年9月)




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『クライマー パタゴニアの彼方へ』トーマス・ディルンホーファー監督(2013年/ドイツ/オーストリア)103分

 弱冠18歳でフリークライミングのワールドカップ総合優勝を果たしたデビッド・ラマによる、パタゴニアの難峰セロトーレの完全フリー登攀の試み。
 2009年最初の挑戦は悪天候による敗退、2011年の二度目はアルパインクライマーのペーター・オルトナーをパートナーにして挑み、登攀には成功したものの先人の残したボルトを利用したためフリー化失敗。
 翌2012年の三度目のチャレンジで、ようやく山の自然な造形だけを利用した登攀・登頂に成功した模様を描いた、ドキュメンタリー映画です。
 デビッド・ラマの驚異的なクライミングテクニックをスクリーンを通じて堪能させて頂いただけでなく、スポーツクライマーが挑戦と挫折を繰り返しながら、アルパインクライマーへと変貌を遂げていく様を確認できる、たいへん興味深い作品です。
                              (2015年9月)


2014年

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『アンナプルナ南壁 7,400mの男たち』パブロ・イラブル監督(2012年/スペイン)81分


 2008年、ネパール・ヒマラヤのアンナプルナ(8,091m)南壁上のキャンプ4(7,400m)で、高度障害のため動けなくなったスペイン人登山家を救うべく、アンナプルナ山群や麓のポカラ、首都カトマンズに滞在していたクライマーたちが集結し、決死の救出劇を繰り広げる模様を描いたドキュメンタリーです。
 本作を観賞して、ネパールのクーンブ山群でクレバスに転落した仲間と悪天候の中、救出を1週間待ったり、天山山脈で脳浮腫のため意識不明になった他隊の登山者を担ぎ下ろしたことを思い出しました。高所での人命救助活動は、登頂行為そのものよりもはるかに難易度が高く、危険を伴うものだと実感しています。
 アンナプルナの救助活動で、最も感銘を受けたのは、スイス人登山家ウーリー・ステックの判断力。自らの登山を中断していち早く遭難地点に駆けつけただけでなく、人事不省のスペイン人につきそって、頑なに高所へ留まっていたルーマニア人登山家を救出します。
 曰く、「私が登高するのに、キャンプ4から下のトレースが必要」と、巧みにルーマニア人を誘い出して下山させたことが、この遭難劇の犠牲者を最小限に留めた大きな要因であると感じました。
 救助に参加した、カザフスタン最強のクライマー、デニス・ウルブコや、昨年彼と共に遠征したエベレスト南西壁で滑落死したロシア人登山家アレクセイ・ボロトフの、心揺さぶられる至極の登山観や死生観が聴けたのも良かった。

                                             (2014年11月)


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『ビヨンド・ザ・エッジ』リアン・プーリー監督(2013年/ニュージーランド)91分

 1953年にエベレストに初登頂したイギリス隊の遠征の模様を描いたドキュメンタリータッチの映画です。登頂者のニュージーランド人エドモンド・ヒラリーやシェルパのテンジン・ノルゲイはじめ、当事者や関係者のインタビューを迫力あるヒマラヤの映像に被せながら、登頂の瞬間に迫っていくという構成でした。
 偉そーにストーリーを要約してしまいましたが、申し訳ない。カトマンズを出発したキャラバンからアイスフォール帯突破のあたりまでは何とか起きていたのですが、強烈な睡魔に襲われ、意識が戻った時、ヒラリーたちは山頂直下の通称、”ヒラリー・ステップ”を登攀しておりました。
 エベレスト街道は若いころに一度歩いたことがあり、BCから上の状況もいろいろな映像や写真を通じて何度も見ていたので、既視感があったのでしょうか。単に疲れていただけなのかもしれませんが。
 個人的には、ニュージーランドではお札に肖像が刷られていたという英雄・ヒラリーの内面的な葛藤や、母国では養蜂業を営みながら日々35kgの荷を担いでいたというエピソードが興味深かった。
 エベレストを巡る山岳映画としては、初登頂という輝かしい結末がわかっている1953年隊よりも、ジョージ・マロリーとアンドリュー・アーヴィンが山頂直下で消息を絶った、1924年イギリス隊をテーマにした作品を鑑賞してみたいと思っています。

                                             (2014年9月)


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『春を背負って』木村大作監督(2014年/東宝)116分

 北アルプス立山の山小屋を舞台に、父の死で小屋を継ぐことになった青年(松山ケンイチ)と、訳ありのアルバイト女性(蒼井優)、風来坊の男(豊川悦司)が織りなすヒューマンドラマです。
 原作者である笹本稜平氏の山岳小説は、何冊が読んだことがある(本作は未読)のですが、登場人物が善人ばかりで毒気が全くなく、小中学校の図書室に置いてある児童文学のような印象を持っていました。
 映像化された本作も然り。雄大な北アルプスの峰々をバックに、大自然の中で都会の垢を落とし、心身ともに浄化されていく登場人物たちの善人っぷりに、少々鼻白みながら観賞しました。
 私の知っている範囲の山男や山女は、どちらかといえば独善的で功名心が強い方が多く(高峰のピークハントを重ねている人は特に)、山小屋の主人もこの映画にでてくる小林薫や松ケンとは対極にある、クセのある方が多いと感じているからです。
 小屋の看板娘である蒼井優ちゃんのような、アルプスの少女ハイジがそのまま大きくなったみたいな無垢な女性には、残念ながら山でも下界でもお目にかかったことはないですね。
 そんなこんなで今一つリアリティに欠ける『春を背負って』ですが、実写にこだわったという山岳描写は圧倒的なスケールで、見応えたっぷりです。
                                             (2014年6月)

2013年

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『ロンリエスト・プラネット 孤独な惑星』ジュリア・ロクテフ監督(2011年/アメリカ/ドイツ)113分


 結婚を間近に控えたカップルが、婚前旅行で訪れたグルジアのコーカサス山脈。現地ガイドの案内で、登山というよりトレッキングのような山歩きを楽しむ二人に降りかかったある出来事が、引き返すことのできない僻地での旅に暗い影を落としていく。そんなストーリーでした。
 個人的感想ですが、コーカサスの風景にあまりスケール感や美しさが感じられず、そんな凡庸な景色の中を淡々と歩く三人の姿を切り取っただけの前半戦は、とても退屈でした。
 しかし、"ある出来事"以降の後半戦の展開は、共感できる部分が多かった。私自身、山慣れしていない前妻とネパールやボルネオの山旅を共にし、お互い余裕のない状況での些細な出来事の積み重ねが、別離の遠因になったのではないかと思っているので。
  コーカサスの山旅を終えた若いカップルの前途に、若かりし頃の苦い思いを重ねながら観賞しました。

                                              (2013年5月)

2012年

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『クライムダウン』ジュリアン・ギルビー監督(2011年/イギリス)99分


 トムール峰での遭難以外に、三度ほど山で事故を起こしたことがあるのですが、いずれも岩や沢からの下山時の出来事でした。
  ただでさえ事故率が高く、神経を使う下山中に、正体不明のスナイパーに襲われる羽目になった登山家グループの悲劇を描いたこの映画、現在DVDが発売されています。
  懸垂下降中にロープの支点を切断されたり、岩壁をクライムダウン中に雨あられのような落石を喰らわされたり、渓谷を下る最中にライフルで狙撃されて激流に飲み込まれたりと、5人のクライマーたちの頭上に血の雨が降ります。
  舞台はスコットランド最高峰のベンネヴィス山。下山の恐怖がイヤというほど体感できる一作です。
                               (2012年8月)


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『運命を分けたザイル2』ルイーズ・オズモンド監督(2007年/イギリス)74分

 ペルーアンデス、未踏のシウラ・グランデ西壁登攀後、滑落して氷壁上で宙づりになり、パートナーにザイルを切断されたジョー・シンプソン。
 彼の奇跡的な生還を描いた映画、『運命を分けたザイル』の続編というふれ込みの作品です。
 1936年にアイガー北壁初登攀を目指し、ジョーと同じく下山中にザイルにぶら下がったまま悲劇的な死を遂げたトニー・クルツらの登攀ルートを、ジョーが実際にトレース。クルツ隊の再現映像を織り込みながら、当時の状況や遭難の原因を解説するという構成になっています。
 一昨年劇場公開された『アイガー北壁』が、クルツ隊の悲劇をテーマにした山岳ドラマだったので、それを鑑賞していた私は展開や結末が読めてしまい、今ひとつ楽しめませんでした。
 シウラ・グランデでの事故により、足を6度も手術し、過酷なリハビリの末、社会復帰を果たしたというジョー・シンプソン。本作の語りでは、登山への情熱は冷めてしまったような口ぶりでしたが、また第一線のクライミングシーンに戻ってくることを期待しています。

                                              (2012年3月)


2011年

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『ヒマラヤ 運命の山』ヨゼフ・フィルスマイアー監督(2009年/ドイツ)104分

 1970年にラインホルト、ギュンターのメスナー兄弟が初登攀したナンガ・バルバット(8125m)ルパール壁遠征隊の内幕を、下山中に弟を失ったラインホルトの視点で描いた映画です。原作はメスナー兄による『裸の山 ナンガ・パルバート』。
 遠征終了後、メスナー兄と長期にわたり裁判で争ったという登山隊長の視点で制作すれば、全く別の映画になったでしょう。メスナー兄弟は、隊の規律を乱して勝手に山頂アタックした挙げ句に遭難した、迷惑な存在として描かれたはずです。
 当事者ではない私にとって、隊の揉め事の真相はどうでもよいこと。登攀活動に参加しない、BCで無線を握っているだけの隊長を擁する隊では、ありがちな”事件”のように思えます。
 ただ、ディアミール壁末端で雪崩に巻き込まれたらしい弟ギュンターの捜索に、10度彼の地を訪れたという、ラインホルトの兄弟愛は、ホンモノだったのだろうと感じました。
                                             (2011年9月)


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『127時間』ダニー・ボイル監督(2010年/アメリカ/イギリス)94分

 登山家、アーロン・ラルストンがブルージョン・キャニオンでの単独クライミング中、落石により右腕を岩に挟まれ、そこから生還するまでの苦闘を描いた、実話に基づく映画です。
 いくら卓越した体力や技量のあるクライマーでも、通信手段のない岩の割れ目の中で身動きがとれなくなったら、あのような方法をとるしか助かる術はないのだと思い知らされました。
 脱出後、従来以上にクライミングやアウトドア活動に励んでいる主人公がこの事故から得た得た教訓は、「事前に行き先を告げていく」でした。
 ついでに無線や携帯電話などの通信機器も、忘れずに持参することをお勧めします。

                             (2011年6月)




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『岳-ガク-』片山修監督(2011年/東宝)125分

 山に登らなくなって十数年が経ち、僅かな休日は専ら映画館で過ごしています。そんな元山岳部員で映画好きの私が、上映を待ちかねていた『岳』の実写版。
 原作コミックスのエピソードや印象的なセリフを盛り込みながら、新たな山岳救助物語として再構成されています。
 救助や登攀シーンの描写はしっかりしており、主人公の島崎三歩を演じた小栗旬の滑落停止やダブルアックスも様になっていました。
 残念なのは、途中までは丁寧な演出や役作りがなされていたのに、クライマックスの多重遭難救助シーンで、急にリアリズムから離れた劇画チックな展開に変化したこと。
 山好きだけではない、一般の鑑賞者をターゲットにした商業映画としては致し方のないことかもしれませんが。
 作品全体としては、ロケ地の白馬等の空撮映像がとてもきれいで、新人救助隊員役の長澤まさみの視点による山岳救助の世界も、わかりやすく紹介されていると感じました。
 山の厳しさだけではなく、素晴らしさがダイレクトに伝わってきた良作です。
                                             (2011年5月)

2010年

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『アイガー北壁』フィリップ・シュテルツル監督(2008年/ドイツ・オーストリア・スイス)127分

 1936年7月、アイガー北壁初登攀を目指していたドイツ隊、オーストリア隊4名遭難の史実を映像化したものです。
 印象に残ったのは、麻のザイルや手製のハーケン、濡れると重くなりそうなウェア類といった当時の粗末な装備。
 本作のように登攀中に天候が崩れたり、怪我人がでて搬送の必要が生じたりすると、その行動の困難さは、現代の軽量・高性能な装備を身に纏ったクライマーの比ではないでしょう。
 悲劇的な死を遂げるトニー・クルツの恋人役の女性が、遭難現場で一晩ビバークし、水壁で宙づりになって絶命する様を側で見届けるなど、映画化に際して脚色されたであろう箇所もありましたが、北壁登攀や命がけの下山をリアルに描いた重厚な作品です。
                                             (2010年10月)

2009年

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『剱岳 点の記』木村大作監督(2009年/日本)139分

 新田次郎原作の映像化です。ストーリーは史実と違い、宇治長次郎が案内する陸軍測量部と、小島烏水率いる日本山岳会の剱岳初登頂争いを軸に、剱の厳しい自然や、それに立ち向かう男たちの情熱と執念を描いています。
 『点の記』というタイトルのとおり、測量側の視点による物語なので、陸軍測量部は寡黙で職業的使命感の高い集団として、一方の烏水ら日本山岳会隊は「西洋かぶれの物見遊山」を行うグループのように図式的に描写されていたのは少々残念でした。
 剱や周辺の山々での撮影は全て実写で、CGや空撮はないとのこと。浅野忠信ら出演者の方々はさぞかし大変だったでしょう。
                                              (2009年6月)


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『ヒマラヤを越える子供たち』Maria Blumencron監督(2000年/ドイツ)29分/1500円

 漢民族による圧政下では教育を受ける機会等、子どもたちに未来がないと感じているチベット族たちは、我が子をインド、ダラムサラのダライ・ラマ亡命政府のもとに届けるべく、標高6000メートルを超える過酷な旅へと送り出します。
 本映像は、実際の亡命者に同行し、その旅の状況をとらえたドキュメンタリー。
 子供たちを受け入れ、教育を受けさせることは、「私たちの義務であり、責任」と語り、実際、当時1万2千人ものチベットの子供たちの面倒をみていたダライ・ラマや、彼の妹の姿は感動を誘います。
 亡命地のインドで教育を受けた後は、大半の子供たちがチベットに戻ってチベット族のために尽くすといい、今後の彼らの過酷な運命に思いを馳せざるをえません。

                              (2009年4月)




2008年

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『運命を分けたザイル』ケヴィン・マクドナルド監督(2003年/イギリス)107分

 ペルーアンデスにある、未踏のシウラ・グランデ西壁登攀に成功したイギリスの2人組パーティ、サイモンとジョーが下山中に滑落。
  足を骨折して氷壁上で宙づりになったジョーに繋がったザイルを、上部で確保していたサイモンは容赦なく切断し、ジョーはクレバスに落下します。
  トムールやネパール・ヒマラヤで嫌というほどクレバスに落ちたり、落ちたパートナーを引っ張り上げてきた管理人からすると、ジョーのクレバスからの脱出法は目からウロコでした。詳細は映画でご確認ください。
  ギリギリの状況での人間の決断力と、生命力について考えさせられた実話に基づく映画で、山岳部OB、松林孝憲の評価も高いです。
                                              (2008年12月)


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『クライマーズ・ハイ』原田眞人監督(2008年/日本)145分

 山岳部OBでは相良さん、稲田俊、探検部関係では大槻英二や佐藤修史など、一緒に山に登ってきた同年代には新聞記者になった人が多いのですが、作家、横山秀夫が上毛新聞記者時代の御巣鷹山・日航機墜落事故(1985年8月)の実体験をもとに描いた原作を、山屋でブンヤの皆さんは思い入れたっぷりに読まれたのではないでしょうか。
  今夏公開された映画でも原作同様、日航機墜落事故の戦場のような報道現場と並行して、主人公の新聞記者悠木(堤真一)が、谷川岳衝立岩を登るシーンが盛り込まれています。
                             (2008年12月)


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横浜市立大学山岳部OB会HP管理人

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(田村康一/1990年卒)